喜怒哀楽

悲しい訃報

ソフトボール仲間のTさんがやっていた居酒屋「たじま」時代から仲良くさせてもらっていた中華料理「北京」のマスターが亡くなったという,とても悲しい知らせが入ってきた。

隣り合わせで飲んだ時には,よくいろんなアドバイスをくれたことを思い出す。

先日も北京を訪れた際に,マスターが入院されているとは聞いていたが,またいつものようにすぐに復帰するものだと思い込んでいたが,こんなことなら,お見舞いに行っておけば良かったと後悔する。

今日が通夜式だと聞くので,何とか仕事を調整して,駆けつけられるようにしたい。

年をとり,知人の訃報が増えてきたが,自分とつながっている人がいなくなるというのは,思い出が一つひとつなくなっていくようで,本当に淋しい…。

合掌。

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祖母の他界

小生にとっては,小さい時から本当にお世話になった99歳の祖母が先週7月30日に他界した。

大正3年生まれ(寅年)の祖母である。
大正,昭和,平成という3つの時代を生きた祖母は,現代をどのような思いで過ごしたのだろうか。

小生は幼稚園時代,よく富山の祖母の実家に遊びに行き,ずっと一人で居候していたらしい。
両親もいない,特に友達もいない富山の地で,毎日一人で遊んでいたらしい。

親が茨木に連れて帰ろうと実家を訪れても,全く聞く耳を持たなかったと聞く。
幼稚園をサボって,長期間滞在していたこと自体が,今から思えばすごいことだと思うが,それほどに居心地のいい祖父母の家だったのだろう。

どうも小生には,小さい頃からサボり癖があったようだが,それにしてもきっと祖父母は初孫の小生を可愛がってくれたのだろう。

しかし,祖父が亡くなり,今回祖母が亡くなったことで,富山の実家がますます縁遠くなる。

昔は城端線も国鉄で,便数もかなり頻繁にあったが,今やJR西日本になり,1時間に1本がいいところである。
ましてや,今年度末には北陸新幹線が金沢まで開業することから,城端線は第3セクター運営となり,ますます利便性が低下するだろう。

何とも寂しい限りであるが,せめて,できるだけ機会を見つけて,祖父母のお墓参りをさせてもらおうと思う。

今回のお通夜と告別式で,久しぶりに数多くの親戚に再会することができ,本当に良かったなと思い,しかしもしかしたらこれが最後になるかもしれないと思いながら,親戚と話をし,「元気で」と告げて別れたばかりである。

最後まで,そんな多くの出会いの場を作ってくれた祖母に,また一つ感謝したいと思っている。

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過酷な新年度の予感

今日は3月31日。つまり,平成24年度の最終日である。

先日,人事異動の内示があり,小生は4月1日からこれまでの道路整備と,新たに道路保全という2つのラインが統合されてできる「道路第1課」を率いることになった。

「統合」ということで,単純にリーダーが1人減るのは仕方がないとしても,スタッフの人数も1+1=2なら問題ないのだが,現実はベテラン職員3人が減って,代わりに新規採用職員が1人配属されることになったため,これはもう非常事態と言わねばなるまい。

人数が減り,かつ若い職員ばかりで1年間やっていかなくてはならず,新しいラインの職員全員でがっちりとチームワークを組んで取り組まないと,どう考えても仕事が回りそうにない。

上司も転勤あるいは退職となったことに加え,小生自身が4月第2週目に右肩の再手術を受けることも決まったなかで,旧年度の仕事を抱えながら,新年度の仕事が軌道に乗るまでは最初の正念場となりそうである。

いきなり大ピンチであるが,気合いを入れていくしかない。よっしゃー!である。

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恩師・北村隆一先生のあまりにも早い他界

既に,北村隆一先生が亡くなって1ヶ月以上が経つ。

北村先生ご逝去の連絡が来たのは,2月19日の早朝だった。
この日は,小生の誕生日だったのであるが,これまででいちばん悲しい誕生日の朝となった。

北村先生がご病気を患ってから5年は経つだろうか。毎年のように,年度末になると入院され,次の年度のためにといつも精一杯生きようとされていた。
ご本人にとってはたいへんなご病気であるにもかかわらず,いつも明るく「毎年恒例の行事です」とまでおっしゃって,常に小生たちの心配を和ませてくれていた。

ちょうど3年前,北村先生を中心に,関西で持続可能なまちと交通をめざそうとする同志が集まり,結成されたのが「持続可能なまちと交通をめざす再生塾」の取り組みのきっかけであった。
その再生塾も,北村先生を中心とした3年越しの活動が実って,去る2月16日に法人格を取得・登記が完了し,いよいよNPO法人としてスタートする矢先だったので,本当に残念である。

小生たち残された者は,これからも北村隆一先生の遺志を継いで,活動を継続していかなければならない。
気持ちも新たに,頑張らねばならないと思うのである。

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あまりにも悲しい訃報

今朝「土木学会関西支部FCC」のメーリングリストに,これまでいっしょに活動してきたHさんが昨日の朝に亡くなったという訃報のメールが流れてきた。
それを聞いたときは,驚きで言葉が出なかった。また,あまりにHさんには遠い話のように思えて,よく理解できなかった。

Hさんというと,神戸大学の後輩であり,まだ30代前半にしかならない若い女性である。
彼女と最後に話をしたのは,確か一昨年の冬だったと思うが,初めての子どもが生まれるので実家へ帰っていますという内容のメールだったと記憶している。

その彼女がいったいいつから体調を悪くしていたのか,全く知らなかった。
東北・仙台で元気に子育てをしているものとばかり思っていた。聞くところでは,愛娘さんはまだ1歳と幼く,やんちゃ盛りのようだ。
それを聞くと,ますます彼女の無念さが伝わってくると同時に,どうしてこんなことになったのかとただただ切なく,いたたまれない気持ちだ。
明るく,バイタリティもあって,これからますます活躍してくれると期待していたのに,あまりの突然の他界に対して,本当に残念としかいいようがない。

それにしても,この年になると,自分より若い人が先に亡くなるという場面にいろいろと遭遇することがでてくるが,いつも何とも言えない悲しみに襲われる。
しかし,そんな悲しい出来事があっても,小生はとにかく頑張っていくことしかできない。
今回も,あまりに早い彼女の死に対し,それがせめてもの自分のできることのような気がする。

FCC活動では,小生のようなおっさんにも,いつもやさしく接してくれたHさん。
告別式が横浜だということで,参列することはかなわないのだが,彼女とのいろいろな関わりを思い出しながら,これからも課外活動で社会に貢献できるよう,自分なりに頑張っていきたいと思う。

これまで,いろいろなことに明るく一生懸命に活躍してきたHさん。
そして,周囲のみんなに愛されてきたHさん。
ご冥福を心からお祈りしたい。

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突然の訃報

何年も前から活動する「茨木まちづくりの会」でいっしょに活動してきたNさんが一昨日の朝に亡くなられた。
今日の昼過ぎに,会の仲間からのメールでその訃報を知った。
1月の終わりにも「いばらきラウンドテーブル」でお会いし,今週22日(土)にはまたお会いできるものと思っていた矢先のことだったので,とてもショックだった。

Nさんというと,大池小学校区で毎朝交差点に立って,登校する子どもたちへの「おはよう」の挨拶をされていたことをご本人から聞いた。
1月の会合の際には,最近になってようやく,ほぼすべての小学生が挨拶を返してくれるようになったと喜んでおられた。
それだけでなく,「茨木神社の夏祭り」でも毎年お手伝いをされていたし,他にもいろいろな地域活動に携わっていたと聞く。
そんな地域のために不可欠な,お手本のNさんが亡くなられたことは,地域にとってもたいへんな損失であり,あまりに早いNさんの死に,小生は本当に残念な気持ちだ。

「茨木まちづくりの会」では,小生のような若造にもやさしく接してくれたNさん。
昨夜のお通夜は,そんなNさんとの最後の別れだった。
小生は,とてもNさんのようにはなれそうにないが,これからも何か地域に貢献できるよう,いろんな人たちとの交流を続けていきたいと思う。

これまで地域のために一生懸命に活躍されてきたNさんのご冥福をお祈りしたい。

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