祭り

皇太神社・主原神社・多賀神社・天満宮正遷宮祭

去る12月19日に,「皇太神社・主原神社・多賀神社・天満宮正遷宮祭」が茨木神社で行われた。
昨年秋の「天石門別(あまのいわとわけ)神社御鎮座1200年記念大祭」に続いてのビックイベントである。

遷宮祭については,まったく何も聞かされていなかったが,2週間ほど前になって連絡があり,よくわからないままに14日(日)夕方にリハーサルがあった。
そして,リハーサルの前に,神社の参集殿で神社の担当者から説明があったのだが,このときに初めて自分の役割と内容について聞かされた。

今回の小生の役割は,6名の石門会会員による「絹垣所役(きぬかきしょやく)」ということであった。
はて,「絹垣」とは,いったい何であろうか…。

当初は,受付か何か神官さんのお手伝いだとばかり考えていたのであるが,「絹垣所役」というのは実はすごく重要な役回りであり,皇太神社(上中条村の氏神)・主原神社・多賀神社(下中条村の氏神)・天満宮の計6体の御神体を仮殿から本殿に移すために(つまり遷宮のために),「絹垣」という棒に白い布を巻き付けた覆いで,御神体を乗せた輿を人目から見えなくするという仕事であった。

説明を受けた後のリハーサルでは,何度も神官さんと一緒に手順を試行してみたものの,いろいろな専門用語?が飛び交う中で,とてもすべてを覚えられるものではなく,これはとんでもない役を引き受けてしまったものだと,正直いって後悔した。
「絹垣」という役割がたいへんなだけでなく,冬の寒い中で上着を着ることが許されず,約2時間は寒風の中でご奉仕しなければならず,略礼服の下に着衣する防寒対策を真剣に考えなければならなくなった。
とにかく,2時間ほどかかったリハーサルが終わったときには,体が凍えていた…。

そして,迎えた本番の遷宮祭。
午後5時過ぎに集合して,再度リハーサルを行った。神社の神官さんでさえ初めてだということなのだから,ましてや我々にはリハーサルなしでは,とても自信がなかった。
何度も繰り返し,いろいろな場面で自分の動きや手順を確認しながら,本番前のリハーサルを終了し,あとは何とかなるだろうという気持ちで臨むしかなかった。

本番は,午後6時半にスタンバイ。礼服の上に,白い半被を着用し,手袋とマスクを持つ。手水で清めた後,儀式殿前に列立したが,さすがに最初は緊張で足が震えた。
学生時代に,体育祭のリレーでスタートを待っているあの緊張感に似た感覚である。

そして,午後7時前にいよいよ式典が始まった。
神社の宮司さんを先頭に,神官さん,我々「絹垣所役」が参進する。
多くの参列者が見守る中,ゆっくりと足を進め,所定の位置について,まず「祓所(はらいど)」という儀式である。
ここで,お祓いを受け,次に本殿に向かうのである。

「祓所」が終わると,また同じ順番で参列者の前を参進し,本殿前に進む。
次は,もっとも緊張する「仮殿(かりどの)」と呼ばれる儀式である。
宮司一拝と祝詞奏上の後,我々「絹垣所役」は手袋とマスクを付けて,いよいよ「遷御」である。

ご神体の乗った輿が参列者から見えないように,小生たちの「絹垣」で覆い,篝火だけの真っ暗な闇の中を,6人で作った「絹垣」は玉垣をゆっくりと下り,新しい社殿の前まで移動した。
もっとも緊張する仕事が終わり,あとは「4社」という儀式を残すのみとなった。

「4社」は,4つの神社を入御する,つまりそれぞれの神社のご神体を新しい社に運び入れる儀式である。
皇太神社,天満宮,主原神社,多賀神社の順に入御するのだが,このうち小生の関係する旧上中条村の氏神である皇太神社の社殿は,昭和59年に上中条氏子の篤志にて造営され,年数も浅いことから,今回は若干の修復を施して,この新しい場所に移築・奉遷したということだ。
ほかの3つの神社については,新しく営造した社殿にご神体を移すことになったのである。

「4社」の儀式の間,我々は「絹垣」でご神体を覆ったままの状態を保たねばならないため,身動きできずにいたが,神官さんたちによって4社の計6体の遷宮が終わり,何とか無事に役割を完了することができた。
遷宮祭は午後9時頃までかかったが,ようやく我々は長い緊張感から解放された。
夏祭りと違って勝手がまるでわからなかったため,久しぶりの緊張感を体験することとなった。

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しかし,昨年の1200年記念大祭といい,今回の遷宮祭といい,少なくとも小生たちの生きている間に二度と開催されることはなく,本当に貴重な体験をしたものだと思う。

それを考えると,悠久の時の流れの中では,我々の人生なんて,時間的には本当に短いものだと,改めて思わされるのである…。

F1000001 ★参考

 神社合祀状況

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今年の渡御を振り返って (2008年茨木神社の夏祭り)

早いもので,夏祭りから1週間が経った。

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一日声を張り上げたせいか,祭りの翌日から声の調子が良くなかったが,それ以来微熱が続き,あまりに喉の調子が戻らないため,一昨日病院へ行くと「咽頭炎」という診断だった。何とも情けない話である。

2008年の茨木神社の夏祭りを振り返ってみると,「子どもの脱落者がとにかく多かった」ということに尽きる。
子どもの無事を確保することがいかに難しいかを感じさせられた祭りであった。

1週間前まで比較的涼しい日が続いていたところへ,数日前から急に真夏の暑さが訪れ,子どもたちの体が順応していなかったのかもしれない。
当日はかなり暑いので十分な注意が必要と言われていたが,口で聞くのと実際の現場とでは緊張感がまったく違う。
いずれにしても,小生にとっては身に染みて,そのたいへんさを経験する渡御となった。

本来,木方は自分の神輿の子どもの数を把握するのは当たり前なのだが,今回は脱落者が多すぎて,渡御の途中で子どもの数を把握することができない場面が何度かあったのは大きな課題だ
休憩所であれやこれやと指示しているうちに「出発」といわれ,自分自身も最低限の水分補給をしないわけにはいかなかったので,隊列の準備をするのが精一杯という場面がいくつかあった。

子どもが脱落した原因はいろいろとあったとは思うのだが,特に午前中のきわめて厳しい暑さの中で,小生の前を行く神輿との間隔を詰めるよう指示が飛んだため,過酷な状況にもかかわらず「トバセ」を何度かかけてしまったことから,結果的に体力のない子どもたちへの負担が大きくなり,数多く脱落者を出してしまったことは一つあると思う。
神輿の間を詰めることより,子どもの状況を優先させる方がよほど優先すべきことだと,つくづく感じた。

もともと,小生の神輿は5年生が主体で,かつ女子の数が男子の2倍というメンバー構成で,他の神輿に比べても小さな子どもが多かったのだが,1班(大きい子どもたち)と2班(小さい子どもたち)ではかなり体力差もあるなかで,たまたま休憩所の巡り合わせから2班がしんどい場面を担当することが多くなってしまい,夕方に近づくにつれて神輿を担ぐ力がどんどん落ちていった。
前もって,もう少し班別の受け持ち区間を考慮する必要があるかもしれない。

また,休憩所の位置と神輿を停める位置が大きく離れていた休憩所がいくつかあったのだが,飲み物や食べ物にたどり着くまでに時間がかかり,結局足の速い中学生に負けてしまう場面が多くて,特に子どもたちのしんどい時間帯に休憩時間を長く取れなかったのは課題の一つだ
結果的に,木方・世話方とも時間的な余裕が無くなり,休憩所で子どもたちの健康状態を確認したり,足くくりを確認したりする目が行き届かなかったよう思う。

休憩所ごとにアクシデントが続いたせいで,そちらに神経がいってしまい,木方である小生自身の中に,子どもの安全第一が徹底できるだけの精神的余裕,体力的余裕,時間的余裕がなくなっていったことは事実だ。

最初からある程度の役割分担を決めてはいたのだが,木方として世話方さんの役割分担が中途半端になってしまったことは,大きな反省にしたい
全員が初めての世話方さんばかりの中で,世話方さんには本当によく働いてもらったと思う一方で,場面場面での小生の的確な指示がなかったために,かえって子どもに負担をかけてしまったと思うことが今となってはたくさんある。
周囲から,もっと世話方さんに任せるべき場面があったのではないかという指摘も受けた。
勇気を持って,世話方さんへの的確な指示を行うようにしなければならないと感じた。

一方,事前に木方経験者から,当日は世話方さんが付いているので子ども会のお母さん方に付いてもらう必要はない,という話を聞いていた。
しかし,小生としてはかなり不安があったので,今年の祭りに関してはあえて何人かのお母さん方に付いてもらうことにしたのだが,この判断は正しかったといえるだろう。
休憩所はおろか渡御中でさえ,次々に具合の悪くなる子どもが出てくる状況では,子ども会に連絡するにも,世話方さんにすべて対処してもらうことはあまりにも難しすぎると感じた。
ただ,今回は子ども会の緊急連絡先を各1名しか聞いていなかったのだが,少なくとも2名以上の連絡先を把握しておくことが必要だと思った。
竹橋町の休憩所で,ダウンした子どもを子ども会の方に迎えにきてもらおうとしたのだが,別の休憩所で倒れた子どもの面倒を見ているので連絡が取れず,結局神社の総務の方に預けざるを得ないという場面があったからだ。

結局,振り返ると反省ばかりが口をつく渡御だったが,果たして満足のいく木方の仕事とはどんなものなのか。
少なくとも,まったく木方経験のない小生にとって,未知の世界であった渡御を経験することができ,大きな経験になったことだけは収穫といえるかもしれない

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祭りの後 ・・・ 茨木神社の夏祭りが終わる

初めて子ども神輿の木方を務めた2008年の「茨木神社の夏祭り」が終わった。

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7月14日の祭り当日は,何とか最後まで体はもったが,昨日と今日は全身筋肉痛で声はつぶれて出ず,体はガタガタ。
まったく,年には勝てないことをつくづく痛感した祭りであった(筋肉痛のピークはもちろん2日目だった)。

今年の「茨木神社の夏祭り」は,出立ちから宮入まで終日天気に恵まれたのは良かったが,特に午前中からあまりの暑さのために,小生が木方の子ども神輿(三の輿)は朝から次々に子どもたちがバテたりしんどくなったりで脱落し,中でも5年生の女の子1人が救急車で病院に運ばれるという始末。病院で点滴を受けたそうだ。

小生自身が途中で倒れるのではないかと思ったくらい,朝から蒸し暑さと日差しのきつい過酷な状況だったことは確かだが「木方」という42人の子どもの命を預かる身としては落第だったかもしれない

結局,渡御の途中では様々な失敗があったけれども,最後宮入の直前(JR茨木駅前)には途中で脱落した子どもたちも全員が復活し,何とか42人の子どもたち全員で駅前通のクライマックスを迎えられたので,自己採点としては70点ということにしておきたい。
それにしても,延べ10人近くが脱落した子どもたちだが,彼らの元気と頑張りにはこちらが勇気づけられた。感謝したい。

神輿の宮入後に全員で人工台地(市民会館前)に集まって記念写真を撮影し,万歳三唱で終わったのだが,お土産を渡して解散するときに,何人かの子どもから「おっちゃん,来年も(木方を)やるの?」と聞かれたので,「するでー。また,来年もおいでや」というと,「うん,絶対出るでー」という答えが返ってきたときは,正直うれしかった。
来年,続けて木方をやるかどうかは別として,子どもの言葉で一日の苦労が報われた気がした

翌日の「御宴祭り」のときにも,各自治会のお母さん方に「子どもたちはどうでしたか?」と聞いたら,「元気元気。早速,来年も神輿を担ぎたいと言うてました」という返答があった。
小生としては,子どもたちの小学校時代の思い出の一つになってくれたらと思いながら臨んだ今年の夏祭り
少しは,子どもたちにとっていい思い出になってくれたかもしれない…。

ともあれ,小生にとってこれまでで最もしんどかった「茨木神社の夏祭り」が終わった。

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P.S. 
すばらしい写真を撮影してくれた友人のM君に感謝!

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緊張の棒洗い

昨日は午後から,小生にとっては祭り当日の前には避けて通れない緊張の行事である「棒洗い」が行われた。

昨年までは,世話方といっても,棒鼻という木方の下に複数いる責任者の一人であったが,今年は「三の輿」という神輿ではたった1人の木方である。
棒洗いは,祭りのために神輿をきれいに磨いて,きれいに飾り付けをし直す大切な行事である。

午後から夏本番の暑さのなかで,子ども神輿の子どもたちが所属する自治会のお父さん,お母さん方に集まってもらい,神輿枠を組み直し,1年ぶりに神輿を出して,飾り付けを丁寧にばらして,ワックスできれいに拭き直してもらう作業を順々にしていただいた訳である。

当然,それらの作業については,木方の指示で動いていただくのであるが,何せこちらも初めての棒洗いということで,間違った指示をしないようしなければならない。Photo_2
しかし,初めての木方に満足な指示ができるはずはなく,途中から木方経験者の石門会の先輩方が応援に駆けつけてくれたことは,本当にありがたかった。

もちろん,できるところまでは自分でしなければならないのだが,多くの保護者の方が集まっての棒洗いであり,時間に制限もある。
結局,小生の覚えられる限りでは覚えたつもりだが,作業は皆での分担作業とならざるを得ず,自分の目の届かない部分も多く残ってしまったことは否めない。
最後のチェックだけはさせてもらったものの,いろいろと反省点もあり,必ずしも納得のいく棒洗いにはならなかった

最後に,明日の出立ちに備えて,神社本殿のなかに神輿を奉納し,作業を終えた。

あとは,明日の本祭りを迎えるだけとなったが,とにかく心配なのは,急に夏本番の暑さとなったことから,子どもたちの健康である。
無事に全員の宮入を行えるよう,細心の注意を怠らずに,渡御に臨みたいと思う。

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太鼓練習も無事終わる

先週の子供御輿の練習に続いて,太鼓の練習が例年のとおり6日間あり,今年も無事に太鼓をたたく乗子の練習が終わった。
熱心な世話方さんの指導のおかげで,今年も乗子たちのバチさばきはグングン上達し,あとは本番を迎えるだけとなった。

今年は一般紙の新聞記者が太鼓練習を取材に来られたようで,昨日の毎日新聞に記事として掲載された。
記事には「島下郡の祇園祭」と紹介されている夏祭りだが,もっと一般の市民にも知ってもらえればと切に願っている。

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夏祭り子供神輿の練習

一昨日と昨日の2日間,夏祭りの子供神輿の練習が行われた。
3つの小学校区の43名の子どもたちがどんな子たちなのかということで,わくわくする一方で,果たして2日間4時間足らずの練習で,どれだけ自分が声出しや担ぎ方を教えることができるのか,そして子どもたちがどこまでついてきてくれるのか,全くの不安な気持ちで臨んだ練習だった。

しかし,2日目とも自分なりに必死だったので,あまり余裕がなかった。
余裕がなかったことは,周囲からも「笑顔がないぞ」と指摘され,子どもたちにも木方の緊張感は伝染したかもしれない。
木方の緊張からか,何となく子どもたちも2日間とも一生懸命に頑張ってくれたように思うし,何より世話方さんが本当に一生懸命子どもたちを引っ張ってくれたことがありがたかった。
世話方さん4人は男女2人ずつの組み合わせも良く,小生の技術力のなさや精神的な余裕のなさをうまくカバーしてくれたと思う。
また,冷静に子どもたちの様子を見てくれて,子どもたちの役割分担をはじめ,木方の気づきにくい細かなところまで,子どもたちを指導してくれていたので,本当に助かった。

練習の後の反省会でも,世話方さんはずいぶん遅くまで居残って,それぞれいろいろと至らぬ点や工夫した方がよい点などを話し合うことができた。
祭り本番ではどんなことが起こるかわからない面もあるが,精神的にはずいぶん楽になった。

一方で,担ぎ方や声の出し方でたくさんの失敗も指摘されたし,自分でも多くの反省点があった。声の出し方では,すべてのメニューをこなせずに終わったが,それは当日の祭りの中でやるしかないだろうと思う。
ただ,それよりも気がかりなのは,43名のすべての子どもたちに目が行き届かず,2日目の練習後に世話方さんに指摘されて初めてわかったことだが,1人の子どもが一度も神輿を担いでいなかったという事実である。
なぜ担いでいなかったのか,その理由はもちろんわからないので,もし祭り本番に出てきた際には,うまくフォローしながら楽しんでもらえるようにしたいが,万一本番を休むというようなことになれば,小生の責任なのかもしれない

練習後の反省会では,木方の動作の切り替えが速すぎて,子どもたちの準備ができていないので,笛(予鈴)をもっとゆっくり吹く,語尾を上げるなどの工夫をするようにとのことであった。
また,休憩所での自治会の方への御礼の挨拶をきちんとするよう,再度指示があった。
祭りの当日は,いろいろな指摘事項を修正して臨まなければならないと思う。

43名の子どもたちにとって思い出に残るような楽しい祭りにできるかどうかは,木方の腕次第ということになるのだろう…。

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眠れない夜が続く…

疲労が蓄積…ということを書いたばかりであるが,以前より少し早めにベッドインしているにもかかわらず,どうも眠れない夜が続いている

普段は非常に寝付きがいいはずなのに,まず寝付きが悪い。いろいろ雑多なことが頭に浮かんできて,なかなか眠れないのである。
これまでは,だいたい就寝が午前2時で起床が午前6時~7時という生活パターンだったものが午前0時にはベッドインするものだから…かもしれないが,体が疲れを感じているにもかかわらず,頭が冴えているという感じがする。
これも,夏祭りで初体験の「木方」という役割に対する重圧なのだろうか。

結局,今朝は目覚ましをかけることもなく,午前5時40分頃には目が覚めた。
ボーッとしていても仕方がないので,ジャージに着替えてトレーニングに出かけた。F1000015

沢良宜神社につながる緑道の途中で,毎日小学生の3人連れに会うのであるが,今朝は少し時間が早かったにもかかわらず,既に一生懸命に走っていた。たいしたものだなあと,本当に感心する。
小生がトレーニングを始めたときから彼らも既に走っているので,もうかれこれ3ヶ月にはなるだろう。
いつも登校ぎりぎりまで寝ている中学生や高校生の我が息子など,残念ながら彼らの足元にも及ばない。20080701

その彼らであるが,ランニングの後は公園でキャッチボールをしているので,どうやら少年野球をやっているのだろうと思うが,毎日努力して頑張っている子どもには,ぜひ野球での成果を叶えてやりたいものである。
我が息子たちにも,声を大にして「もっと頑張れよ」と叫びたいものである。

さて,いつもトレーニングの終盤,家に戻ってくる最後の直線道路に入ると,後ろ向きに小走りと歩く練習をしているF1000017

祭りの本番では,子供神輿の木方は7割方を後ろ向きで(子どもたちを見ながら)歩くということを聞いてから,ただでさえ体力のないところに,またまた不安になって,付け焼き刃の練習というわけである。

実際に,後ろ向きの歩行は難しい。また,足の疲れもかなりのものである。
普段は使わない足の筋肉を使うのだから当然だが,これで一日16㎞もの距離を歩かなければならないと聞くと,なかなか自信がないのである。
子どもたちの心配をする前に,まず自分自身の足腰を心配する方が先だなんて,本当に大丈夫なのか…と思ってしまうが,とにかく練習である。

14日の祭りまで,あと2週間しかないのである。

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とりあえず木方の仕事

木方の仕事をいろいろ教えてもらうのだが,あまりにも多すぎて覚えられそうにない。
まじめに覚えようとしたら,正直気持ちの余裕がなくなってしまうので,まずは責任者としてのポリシーの方を優先させることに決めた。

とにかく初めての大役なので,当日も含めて失敗はたくさんあるだろうと思う。
しかし,致命的な失敗をしない限りは許してもらうことにして,何よりも自分の神輿を担ぐ子どもたちが安全に無事宮入ができるよう,4人の世話方さんの協力をもらって頑張るしかないと思う。

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疲労の蓄積

40歳を過ぎてからというもの,急速な体力の衰えに愕然とし,毎年7月の夏祭りに向けては,5月の連休明けからジョギングや筋力トレーニングを開始することになる。F1000011
ただ,朝早く起きてトレーニングすることにしているため,仕事や学会活動などで帰宅が深夜になったときなどは早朝に起きれないことも多く,なかなか1週間毎日というわけにはいかない。
毎日欠かさずトレーニングできれば効果も上がるのだろうが,今の調子では果たしてどれだけの効果があるのかかなり怪しいといわざるを得ない。

また数年前からは,腰に「ヘルニア」という爆弾を抱えているため,少しでもトレーニングを無理をすると,腰に負担がかかって腰痛が再発することにもなる。hospital
体を鍛えることと,無理しないようにすることとのバランスは非常に難しい…。

そんな中,いよいよ夏祭りまではあと20日くらいに迫ってきたが,日頃の不摂生に無理なトレーニングの疲労が重なったせいか,今朝は起きがけに右足のふくらはぎがつってしまった。
何とも情けないが,自分の体をだましだまししながら,7月14日の本番を迎えられるように体調管理していくことに気をつけなければならない。

それにしても,先週,今週,そして来週以降も,平日の夜も休日も仕事(地元説明会),学会活動,論文の原稿執筆,そして夏祭りの練習などで,予定のない日がまずないという状況であり,本当に過酷な日々が続きそうである…。happy02

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昨年の茨木神社夏祭りの記事を見つけた

今年も既に夏祭りの準備は着々と進んでいるが,昨年台風4号の襲来で夏祭りが中止となったことは忘れられない出来事である。

その詳細は,昨年の夏のブログにも残念な気持ちを記したとおりであるが,今日たまたま他のブログで夏祭りが中止になったことを伝える記事を見つけた。

 ★茨木神社の祭りにいってきました@茨木市(ごごの「一日一膳おいしい生活」)
  http://www.ekiblo.jp/user/ken5go5/vsm13/4843.html

今年は,昨年の分まで思いを晴らす夏祭りにしなければ…!

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茨木神社夏祭り2008が始まる

先週6月7日(土)夜8時から「第1回奉仕者会」が開催され,今年も7月14日の茨木神社夏祭りに向けた準備がいよいよ始まった。

昨年は「天石門別神社ご鎮座1200年記念祭」が執り行われたものの,夏祭り自体は忘れもしない「台風4号」の直撃により,中止になってしまった。
そういう意味で,今年の夏祭りは昨年のリベンジでもある。

自分の子が今春に小学校を卒業し中学生神輿では参加しないということなので,家族のなかで今年の祭りに参加するのは自分一人になってしまった。
それもあって,今年の夏祭りは少し気分的に楽に参加できるかと思ったが,
それは全くの思い違いだった。

日曜日から石門会による夏祭りの資料作成が始まり,初日に役務分担を決めたのだったが,昨年まで4年間務めた巡行列の棒鼻ではなく,「子供神輿」の木方(きかた:責任者)を務めることになってしまったのだ。

これは全く予想していなかったできごとで,5年間大人神輿しか経験してこなかった小生に,子供神輿が,それもいきなり木方という役務が回ってきたのである。
思わず,えらいことになってしまったなあという「不安」と,こいつはこれまで以上に頑張らないといけないぞという「緊張感」とが交錯した。
しかし,子供神輿の木方は,これまで何人もの石門会の方がこなしてきた役務である。
何とかなるだろうという気持ちに切り替え,無事に夏祭りで子どもたちを宮入させるためにどうすればいいのかについて,前向きに考えることにした。

幸か不幸か,今回の夏祭りでは,4人の子供神輿の木方のうち3人までが小生同様に新人が抜擢されたということで,これを非常にいい機会と捉えたい。
とにかく,何とか皆で盛り上げていきたいと思う。

★茨木神社夏祭り リンク
 茨木神社 石門会(いわとかい)

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天石門別神社御鎮座1200年記念大祭

平成19年9月22日(土),すばらしい晴天の元で「天石門別(あまのいわとわけ)神社御鎮座1200年記念大祭」が盛大に執り行われた。Pict3603s

我々神社の氏子である石門会会員は,当日の祭りのお手伝いということで,朝から略礼服に着替え,あるいは祭りを彩る太鼓を引く奉仕者として白丁に着替え,記念大祭に参加した。
そして,うちの息子を含めた8名の子どもたちも,太鼓をたたく乗子として,朝から夕方まで祭りに参加した。

1200年という悠久の時の流れの中では,ほんの一コマの出来事に過ぎないと思うが,偶然にしても親子揃って,100年に一度しかない記念の祭りに参加できたことを素直に喜びたい。
果たして,子どもたちが大人になったときに,この1200年祭のことを覚えているかどうかはわからないけれど,小生はきっと忘れないだろうと思う。

一口に「歴史」とか「文化」というけれども,次回100年後に1300年記念大祭が行われるとしても,少なくともその時には今回の祭りを知る者は誰もいないだろう。それを考えると,人間の一生のなんと短いことだろうか…。

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1200年記念祭の太鼓の練習

22日は、いよいよ「天石門別神社ご鎮座1200年」の記念祭である。
やはり、未だにピンとこないのだが、15日(土)夕方には当日の祭りで太鼓をたたく乗子の練習があった。Img255s

うちの息子も含めて8名(女6、男2)の小学生による乗子は、皆夏祭り以来の太鼓ということで、最初はバチさばきを忘れていたようだが、さすが覚えの良い子どもたちのこと。すぐに思い出して、器用に太鼓をたたき始めた。
ただ、夏祭りとは全く違った組分けでの4人一組となるため、特に男の子と女の子が混合でたたく太鼓の班は、どうもリズムが合わなかったようだ。女の子が圧倒的に多い中、うちの子も、隣りが同級生の女の子ということで、たぶん恥ずかしがってのことだろうか、目を合わせづらいのか、中途半端な形で太鼓をたたいていたように見えた。

当日のシナリオがまだできあがっていないとのことで,詳細は発表されていないが,午前の部と午後の部の2回式典が行われるそうで,ほぼ一日がかりの行事となりそうだ。
小生自身は,神輿の担ぎ手でありながら,かつ祭りへの参列者にもなっており,午前と午後で役割が入れ替わることになっているため,息子のたたく太鼓をずっと見てやることができないようだが,何とか周囲に迷惑をかけずに大役を果たすことを祈りたい。

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1200年記念祭の太鼓乗子

9月22日(土)に茨木神社の元宮である「天石門別神社ご鎮座1200年記念祭」が行われることになった。

具体的にどのような式典が行われるのかは知らされていないが、少なくとも夏祭りに参加した子どもたち(乗子)による太鼓が、式典の一部として披露されるようだ。

わが家の息子も、当日の式典で太鼓をたたかせてもらえることになった。本人がそれを感じているかどうかは別にして、小生はとても幸運なことだと喜んでいる。
今年はせっかくの夏祭りが台風の影響で流れてしまったこともあるが、1200年という気が遠くなるような時間の流れのなかで、少なくとも何十年かは語り継がれるであろう歴史上のイベントだと思うので、選ばれし乗子として頑張ってほしい。

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2007年の夏祭り

というわけで,雨の中を商店街の中での夏祭りである。

小生はもちろん初めての経験だが,雨で中止になったのは,昭和63年以来3回目だという話を聞いた。

神社のご鎮座1200年と重なる記念すべき年の夏祭りだというのに,本当に残念だったが,これも皆の記憶に深く残すための神様の演出なのかもしれないと思うと,また違った気持ちになる。

大人も子どもも,今回のリベンジを期して,ぜひ来年の夏には,もう一度奉仕者として参加してほしいと思う。

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恨みの台風4号

予想していたとおり,「台風4号」は日本直撃のコースをとり,14日から15日にかけて,近畿地方に再接近する見込みとなった。

昨日は「棒洗い」で,一日かけて神輿をきれいに飾り付け,あとは本番を待つのみとなっていた「茨木神社の夏祭り」だが,今朝の時点で大神輿と太鼓(巡行列・巡幸列)を除いて,中止が決定した。
それも残念ながら,大神輿は茨木神社内のみの渡御,太鼓は商店街(アーケード下)のみの渡御という,もはや祭りといえるかどうかの規模に縮小しての実施である。
やはり万一のことがあれば祭りの存続自身が危ぶまれる時代であり,大人が担ぐ神輿以外の中止は,もはやいたしかたないだろう。

6日間の練習を頑張った乗子たちを乗せた太鼓が商店街の中だけでも披露できるのは,せめてもの救いだと思うが,ご鎮座1200年という記念すべき年に,何かの意志を感じる怨念?の夏祭りとなってしまった。

そのうえ,台風の影響で今夜は「水防待機」に当たってしまい,まさに泣きっ面に蜂である。
今夜は一晩中事務所に留まり,明日の朝まで家には帰れないため,徹夜明けの祭りを迎えなければならない。今回は,どうやらこれ以上ないと思われる最悪のコンディションで祭りの渡御に臨まなければならない。(^_^;)

きっと後々まで語り継がれるであろう,「恨みの台風4号」である。
Nphimage0713_1 

中心気圧 945 [hPa]
大きさ 大型
強さ 非常に強い
進路
速度 20 [Km/h]
最大風速 45 [m/sec]

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心配な台風4号の接近

夏祭りの太鼓の練習も、いよいよ今夜が最終日。

例年のことではあるが、子どもたちのバチさばきは、日に日に上達していると思う。
毎晩しんどい練習にもかかわらず、子どもは皆本当によく頑張っている。
もしかしたら一人だと途中でくじける子がいるのかもしれないが、24人が常にいっしょに練習をしていることから生まれる一体感のようなものが、少なからず子どもの気持ちを支えているように思う。
また、周囲で見守る世話方さんの励ましや暖かい眼差しも忘れてはならない。
わが子を含め、しんどいけれども、きっといい経験になることだろう。

この調子で夏祭り本番を迎えられたらいいのだが、いちばんの心配は当日の天候である。Nphimage
梅雨前線の影響で今週もずっと雨が降っているというのに、よりによって「台風4号」が突然発生し、このままいけばちょうど14日に日本上陸の可能性が大きい。
進路が大きく変わることを祈りたいが、最悪の場合には直撃の可能性があり、その時は祭りが中止になる公算が強い。

ここ何十年?の中でも、夏祭りの渡御が中止になったことはたったの2度しかないと聞いているが、今回まさか梅雨の時期に台風が来るとは思わなかった。
一生懸命頑張っている子どもたちを見ているので、何とか14日の祭りが開催できるよう、祈るばかりだ。

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こんな時期に骨折!

茨木神社の夏祭りも,いよいよ今週末に迫ってきた。
そんな昨日,一年でいちばん大きな公式戦の中央大会を控えた子どもたちのソフトボールの練習中に,イレギュラーした打球を受けた右手の小指を骨折してしまった

最初は単なる突き指くらいだろうと考えたいたが,どうも腫れ方がひどいのと痛みがきつかったので,念のためにと思って医者へ行ったら「骨折してますね」とひとこと。
子どものソフトボールで骨折とは情けない限りだが,祭り前,そしてソフトボール中央大会前の大切な時期に,いったい何をやっているのだ…。
医者によれば2週間程度で治るだろうとのことだが,利き手の右手小指をがっちりと固定されてしまったため,何かと不便である。ケガをして初めて,小指の大切さがわかる。

何と言っても強く力を入れることができず,重い太鼓の上げ下ろしも十分にできないため,祭り本番はもちろんだが,明日明後日の練習にもできるだけ周囲に迷惑をかけることのないようにしたい。

とにかく,頑張らなければ!

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夏祭りの奉仕者

西暦807年に茨木神社の元宮(奥宮)である「天石門別神社」がご鎮座してから、今年で1200年になる。

今年の7月14日(土)は、その記念すべき年の夏祭りであるが、今回の夏祭りも2種類の御神輿の隊列による渡御が行われる。正確には,地域の小学生から大人までの氏子からなる奉仕者による「巡行列(じゅんぎょうれつ)」「巡幸列(じゅんこうれつ)」という神輿の渡御である。

さらに詳しく説明すると、
今年の場合には、巡行列は下記から構成される。

 1.台車(小学生の乗子が太鼓をたたく台車を大人が担ぐ神輿)
 2.女子中学生神輿
 3.女性神輿
 4.1の輿(子ども神輿)
 5.2の輿(子ども神輿)
 6.3の輿(子ども神輿)
 7.4の輿(子ども神輿)
 8.男子中学生神輿

一方、巡幸列は下記から構成される。

 1.走り(子ども)
 2.台車(小学生の乗子が太鼓をたたく台車を大人が担ぐ神輿)
 3.大神輿

そして、神輿を担ぐ大人の奉仕者は「白丁(はくちょう)」と呼ばれる衣装に身を包み、朝10時から夜9時頃まで、茨木神社の氏地内を一日かけて回るのである。
ちなみに,巡行列の白丁は台車を押すのが仕事で,巡幸列の白丁は大神輿を担ぐことと,台車を押すことを交互に繰り返すのが仕事になる。
また,白丁は「担き手(かきて)」と呼ばれる。

今年の巡行列の台車は,
 2人の木方→鉢巻き
 4人の棒鼻→鉢巻き
 5人の世話方→鉢巻き
 22人の白丁→鉢巻き
で構成される。

役務がすべて決まったので、あとは7月7日と8日の練習を経て,本番を迎えることとなる。

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1200年という節目の茨木神社夏祭り

今年も7月14日の茨木神社夏祭りに向けた準備が始まった。

今年の祭りは、西暦807年に茨木神社の奥宮「天石門別神社」が今の宮元町の場所にご鎮座してから、ちょうど1200年という大きな節目の年にあたる。
正直なところ、1200年といってもピンとこないが、歴史上の担い手として小さいながらも役割を果たせるということは、少なからず地域に貢献することになるのだと思いたい。
1200年ということに対しては、当然夏祭りを支える関係者の意気込みは例年以上に強いといえるだろう。

そんな中で、先々週から始まった夏祭りの奉仕者募集
今年度から小生の所属する自治会の自治会長が輪番制になったため、夏祭りが自治会行事であることがうまく引き継ぎされているわけではなく、自治会長と話し合った結果、今年は小生と子ども会が中心になって、奉仕者集めをすることになってしまった。

昨年夏も奉仕者集めには苦労したのであるが、今年は自分の子どもが夏祭りで太鼓をたたきたいというから、事情が違う。
町内で大人の奉仕者を集めることに対して気合を入れざるを得なかった。
上の子が6年生だった3年前も、太鼓をたたきたいということでは苦労したが、今年は下の子の番というわけである。

下の子も、当時は3年生ながら、兄貴が太鼓をたたいている姿を見ており、去年から自分も6年生になったら絶対に太鼓をやりたいといっていた。
その時期がやってきたというわけである。

太鼓の乗子は、基本的に町内1人となっているため、当然人気が高い。
町内で乗子を決めるのが最もたいへんな作業といっても過言ではないくらいだ。
上の子の時には競争相手がいなかったので問題なかったが、今年は5・6年生合わせて4人という高い競争率だった。
5年生より6年生が優先されること、2人の6年生のうち1人は去年の夏に一度太鼓をたたいていることから、結果的にうちの下の子が乗子の権利を得た。

しかし、問題はそれだけに止まらない。
町内から神輿を担ぎたいという子どもたちが別に14人もあり、それに見合うだけの大人の奉仕者として最低5人集めなければならず、こちらがまた苦労した。
これに対しては、家内の事前の根回しが効いて、何とか大人を合計6人集めることができたので、本当にやれやれである。

7月に入ると、夏祭りの準備や練習も始まるので、世話方は本当にたいへんであるが、地域の文化継承のためには、そういったボランタリィな働き(地域力)が不可欠である。

★茨木神社リンク
 茨木神社
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今年の夏祭りが終わる

今年も7月14日に「茨木神社の夏祭り」が行われ,小生も3年連続で参加して,微力ながらも,自分なりには合格点を出せる範囲で,しっかりと祭りを盛り上げることができたと思う。

先々週あたりから梅雨らしい天気が続き,先週の乗子の太鼓練習では毎日雨が降った。
そして,当初は祭り当日も雨が降る予報だったが,晴れ男が多かったか,日ごろの精進のお陰か,昨日の夏祭り本番は本当にいい天気だった。
特に昼からは快晴となり,夏本番の暑さだった。

祭りでは,小生は今年も巡行列の太鼓棒鼻を務め,太鼓をたたく小学生の子どもたちを乗せた神輿が安全に,間違うことなくコースを回れるよう舵取をするとともに,子どもたちの体調管理や衣装着用の手伝いのほか,祭りの間は終始精神的な支えとなれるよう,世話役をこなしたつもりである。

乗子の出来不出来はともかく,子どもたちは自分の持てる力を出してくれたことと思う。
小生は祭りの一日を通じて,子どもたちの優しい一面を目の当たりにすることができ,体は正直しんどかったけれど,とても心地よい一日を過ごすことができて満足している。
最後の大神輿の宮入の後,関係者で交わした握手には一つのことをやり遂げた満足感と充実感がこもっていた。

この一日があるから,祭りはやめられないのかもしれない。

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今年も夏祭りの季節がやってきた

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毎年7月14日は茨木神社の夏祭りで渡御巡行が行われるが,小生も今年で3回目の参加となる。

今日は夏祭りに向けた第1回目の準備の集まりがあった。祭りで用いる法被や足袋,帯や鉢巻きといった備品が揃っているかどうかの点検である。些細な作業ではあるが,大切な作業であり,祭りを成功させるための第一歩となる。そして,いよいよ夏祭りが始まるのだという気持ちが出てくるのだ。

そして,その夏祭りのすべてを支えるのが,小生も参加して2年目になる「石門会(いわとかい)」という組織である。石門会は,地域コミュニティの要の一つである。茨木神社の氏地内のいろいろな地域に住む人たちの集まりだが,自治会とは全く異なるボランティア団体である。祭りを持続可能なものとするための一種のNPOといえるだろう。

ある程度は利得もあるかもしれないが,祭りが好きな人が集まった集団であり,年齢層も80才を超える会長を筆頭に,20代までと幅広いし,本職も様々だ。地域コミュニティだから年功序列は厳しいが,だんだん無くなりつつある地域風土に根ざした文化活動団体であり,周囲からは何といわれても,地域で働いていない小生にとっては,非常に大切な活動母体である。
様々な人が集まるだけに,いろいろと勉強させてもらえるし,楽しいことが多い。もちろん,しんどいこともたくさんあるが,自分の持っていないものを持った人たちが多く,酒を飲んでも心から笑えるので,本当に楽しいひとときを味わうことができる。一言でいえば,「人間くさいつきあい」ということになろうか。平日のアフター5で交流する友人たちとはひと味違ったつきあいであり,新たな自分を発見することもできる

しかし,そういうつきあい方がいやだという人間が増えてきていることは,間違いのない事実であり,少数派に分類されるであろう小生などは,世間からみれば変わり者なのかもしれない。今の日本の社会がいろいろな問題を抱えているのは,間違いなく地域コミュニティが軽視されてきているからであり,政治家や官僚は偉そうなことをいっている場合ではないし,もっと国民自身も自分の生活する周囲の足下から見直さなければ,けして世の中は変わっていかないだろう。

どんどん間違った個人主義が常識になり,個人がどんどん自分勝手になっていく日本の社会は,いったいどうなるのだろうか。

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石門会の花見

4月10日(日)のお昼に,元茨木川緑地で恒例の石門会の花見が開催された。
お天気も良く,桜は満開で,最高の花見だったと思う。

子どももおとなも,みんな本当に楽しい一日だったのではないだろうか。

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夏祭りが終わる

今年の茨木神社の夏祭りが,昨日無事終わった。

今年は冷夏だった去年と違って,とにかく暑かった。快晴の空の下,気温が36度にまで上がるというたいへんなコンディションのなかでの祭りとなった。あとで,年輩の方に聞いたところでも,こんなに暑かった祭りは今までになかったということだった。

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茨木神社の夏祭り

 平成15年7月14日、初めて「茨木神社の夏祭り」に参加した。

 朝9時から夜8時まで、丸一日かけて茨木神社の周辺を約12キロ、子ども(太鼓)神輿を担いで(引いて)歩いた。普段の運動不足も手伝って、さすがに家路につくころには足が棒のようになったが、心地よい疲労感と、何にも代え難い達成感が残った。また、地域の多くの方との交流もあり、それぞれの役割を果たしての大きな祭りを無事に終えたことに対する満足感は言葉には表せないものがある。

 確かに体はしんどかったけれど、何と言っても、皆で掛け声を出しながら神輿を引いている時の一体感は、ずっと昔に頭の片隅においてきてしまった感覚だった。最後の大人御輿が宮入するときには,神社の境内は最高の人混みで,我々も警備を担当しなければならないほどの人の多さだった。最後に,大人御輿を担いだ世話人たちと神社の最前列で雄叫びを挙げて,長い夏祭りの一日が終了した。

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茨木神社の夏祭り

 今日と明日の2日間,茨木神社の夏祭りが行われますが,これについてレポートします。

 地元の人間でも,あまり知られていないかもしれませんが,毎年7月14日は茨木神社の夏祭りの御輿渡御が伝統行事として行われています。これは,イベント型のお祭りではなく地域の神事です。
 聞くところでは,この茨木神社の夏祭神輿は,江戸時代中期から渡御をしているそうで,毎年7月13日:宵宮・ふれ太鼓巡回,14日:本宮・渡御,宮入となっています。もともと,茨木神社は別名「天石門別神社」(あめのいわとわけじんじゃ)と呼ばれ,1000年を超えるとも云われる歴史ある神社だそうです。

 さて,この夏祭り,小学生は基本的に5年生以上に参加資格があるのですが,うちの長男が今年5年生なので,初めて参加することになりました。今年は14日が月曜日のため,夏祭りの御神輿に参加する小中学生は「公休」になります。
 そして,子どもが参加するということで,僕自身も大人御輿を引くことになりました。伝統行事とはいえ,年々大人の参加者は減少する傾向にあり,毎年参加者を集めるのはたいへんなようです。もともとお祭りは嫌いじゃないし,地域活動に参加することは我々世代にも求められていると感じていたので,参加することにしたわけです。
 しかし,簡単に考えていたのですが,実際には御輿を担ぐわけですから,まさに体力勝負みたいなところがあって,日頃から運動不足の人間には結構応えます。何せ明日は本番ですが,御神輿を担いで市内を朝10時から晩7時まで約16km歩きます。市内4ヶ所(上泉町,宮元町,主原町,下中条町)の「御旅所」を中心に25ヶ所で休憩をとりながら,大人御輿,子ども御輿,中学生御輿が丸一日かけて,市内中心部を回ります。果たして,途中で脱落せずに最後まで歩けるのかどうか…。(^_^;)
 明日もあいにく雨の予報ですが,曇りか小雨程度の気候がいちばんいいそうです。もし真夏のような天気だったりしたら,途中でバタバタと倒れる人も出るとか。何とか無事に生還できるよう,幸運を祈ってください。(^_^;)

 それにしても,今回祭りを通じて,少なからず地域の方と交流ができたわけですが,中心となっている世話人の方々の気迫はすごいものがありますね。また,子ども御輿への子どもたちの参加は,地域行事を通じて芽生える「青少年の健全な精神の育成」が目的の一つにあるのだというのは,説得力があります。
 以前起こった神戸市の殺傷事件や,先日起こった長崎市のあまりにもむごい事件などを見るに付け,地域社会との関わりの薄さ,地域コミュニティの大切さを感じます。

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