日記・コラム・つぶやき

2015年大晦日

2015年も今日で終わる。

今年は,どんな一年だったのだろうか。

まず,仕事である。

小生,3月までは加古川勤務だったのだが,今となっては懐かしい気がする。
加古川まで通勤しているときには,毎日朝5時半起きで遠いと感じていたが,3年間の仕事でいろんな経験をさせてもらったと思う。
我ながら,加古川で培ったものは大きいと改めて感じている。

4月からは宝塚に転勤し,これまで9ヶ月を過ごしてきた。
働き出して初めて,河川・砂防事業の仕事に就き,仕事の難しさに加え,交通や道路事業と違った畑の仕事に,未だにもがいている。

プライベイトでも,今年は何かとたいへんであった。

NPO活動に,ソフトボールにと,休む間がなく走り続けた一年であった。

そんな中でも,今年は一年を通じて体力維持のためにランニングを続けたが,今日の5㎞ランを含めて集計すると,1年間で256㎞余りを走ったことになる。

月平均で12㎞になるが,来年はぜひ2倍の500㎞を目標にしたいと思う。

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雪景色の京都と北野天満宮への参拝

強い冬型の気圧配置は1日から3日も続き,北日本や西日本の日本海側を中心に雪が降った。
近畿地方でも,昨夜も多少の雪が降ったようで,阪急京都線の沿線はまるで北国のような雪景色が続いていた。

府県境の大山崎辺りから急に積雪量が増え,京都市内はかなりの積雪だった。

ニュースによれば,京都市では,1954年以来61年ぶりに積雪が20センチを超える22センチの大雪になったとのことであった。

今年は,わが家の息子たちが2人とも受験ということで,久しぶりに北野天満宮へ参拝に行くことにした。

阪急西院で電車からバスへ乗り換えようと,西大路四条のバス停へ移動するが,雪が凍った路面を歩くのは,かなり骨が折れた。
半分凍った歩道はかなり危険な状態で,歩幅を狭めてゆっくりしか歩くことができなかった。

加えて,市バスはいつも以上に大混雑しており,バス停では乗り切れない客であふれていた。
小生も何便か乗り過ごして,ようやく乗車することができたほどであった。

そして,バスを降りてからの北野天満宮の境内への参道も,雪が溶けてシャーベット状になっており,かつ頭上からは雪の塊がどんどん落ちてくる悪条件で,足下と頭上と両方に気をつけながら本殿へ向かった。

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F1000096_600 北野天満宮

本殿では,十分に時間をかけて,せめてもと息子たちの無事合格を祈願した。
親父としては,それぐらいしかできないのが歯がゆいが,後は本人らの頑張り次第である。

それにしても,京都はいつもながらクルマが多い。

北野天満宮の前は,駐車場に入ろうとするクルマで大渋滞しており,クルマの最後尾は北野白梅町の交差点をはるかに超えていた。

こんな積雪の多い日でも,クルマで出かけようとするのだなあ…と今更ながらため息が出た。

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F1000099_600 渋滞するクルマの列

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謹賀新年2015

2015年の始まりということで,あけましておめでとうございます!

昨夜からの越年祭は,例年どおりの人混みの中,午前1時半くらいまでかかって御神酒と餅配りを行い,身体が冷えきった。
その後,午前3時まで神社の儀式殿で石門会の新年会が行われ,二次会終了は5時を過ぎていた。

自宅へ帰って一眠りし,昼前になって,家内とおせち料理を食べた。

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午後からは,本格的な雪が降り始め,あっという間に5cm程度の雪が積もった。

1日の違いであったが,この寒さと雪が昨日でなくて良かった。

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稲葉選手の引退

今夜,パリーグのファイナルステージ最終戦が行われ,レギュラーシーズン1位のソフトバンクが4勝3敗で日本ハムを破って,日本シリーズ進出を果たした。

それは良しとして,今夜は日本ハムの稲葉選手が現役最後の試合を戦ったことの方が感動だった。

稲葉選手は,9回表に先頭打者として代打で登場したのだが,今シーズン限りで引退する稲葉選手にとっては最後の打席となった。

その最後の打席は,キャッチャーのファールフライだったのだが,稲葉選手のコメントは「悔いなくスイングできました」であり,その表情は充実感に満ちていたそうだ。

クライマックスシリーズのオリックス戦でも大活躍だったし,ファイナルステージでも代打で3本もヒットを打ち,まだまだ現役でやれるほどの活躍だった。
つくづく,本当にすばらしい選手である。

ベンチでは,誰よりも声を出して,最後まであきらめないでチームを鼓舞していた。

今日も,日本シリーズ進出を逃しても,笑顔で後輩たちををねぎらうなど,最後までリーダーとしての役割を果たしていたと思う。

そして,稲葉選手がいかに愛されてきたかが表れたのが,試合後の胴上げである。

試合が終わって,相手のソフトバンクの選手から担ぎ出されて,最終的には両軍の選手から胴上げされていた。

稲葉選手は,「一緒に戦ってきたホークスの選手にも胴上げをしてもらって…幸せです」と男泣きしていたが,本当に男冥利に尽きるのではないだろうか。

曰く,最後まで「全力疾走できました」ということで,自らの信念を最後まで貫き,ファンや選手から愛されながら,20年間の現役生活にピリオドを打てたということは,本当に幸せな野球人生だったのではないだろうか。

小生も,そんなことが言えるような現役生活を送れるようにするには,これからも努力をしていく必要がある。

ストレスのかかる仕事ばかりであることは事実としても,それをしんどいなんて言っている場合ではないのではないだろうか…。

自分に対する反省の弁が出てくる,そんなことを感じるすばらしい試合だった。

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親友の死

昨年は,小生にとっては公私ともに本当にたいへんな一年であったと思っている。

その中で,いちばんつらかったことと言えば,小学校の時からの幼なじみで親友のT君が突然亡くなったことである。

昨年9月15日に,「主人が天に召されました」という知らせが奥さんから届いたが,あまりに突然のことに,どう対応したらいいのかわからず,いったい何があったのかさえわからず,とりもなおさず19日に開催された「お別れの会」に参列するのが精一杯だった。

T君にいったい何があったのかはわからなかったが,自ら命を絶ったという事実だけはわかった。

小生にとってのT君は,小学校時代から大学時代までの十数年間,喜びや悲しみを分かち合ったかけがえのない文通相手であり,多い時には月に3,4通は手紙をやり取りしていた。
お互いに,楽しかったことや苦しかったことを文章にして意見を交わしあい,子ども時代から青春時代にかけてを成長したような気がしている。

社会人となって,お互いに進む道は大きく異なった方向に進んでいったが,小生のようにふらふらした人生ではなく,T君は脱サラ後に岡山県の片田舎で就農し,養鶏家として一生懸命な人生を送ってきた。

毎月のように,「継地寮ニュース」という手紙を通じて,日々の生活における出来事を送り続けてくれた。
愛するご家族のことも毎月伝えてくれ,T君一家の楽しい生活が手に取るようにわかった。

それに比べると,いかに小生は自分本位な生活を送っているのかと,毎回のように反省させられ,少しはT君を見習わないといけないと,いつも痛感させられた。

そのT君が突然この世を去ったのである。

昔からの親友だったのに,彼の最期に何一つ相談相手になれず,残念で残念で仕方ない。
いつの間にか,大切な人の気持ちに気づかなくなってしまった自分が冷たい人間に成り果ててしまったように感じ,ただ後悔するばかりである。

今年は,もっと他人に対して温かい気持ちをもって接することのできる毎日が送れるようにと,せめて心を新たにしたい。

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2014年始まる

今日から2014年である。

いつものように,大晦日から越年祭で茨木神社に赴き,岡市宮司さんからのお祓いを受け,その後参拝客に祝い餅を配った。

今年の初詣は少し暖かいかと思っていたが,午前1時を過ぎたころからだんだん底冷えしてきて,餅撒きを終えたころには,例年どおり体が冷え切った。

今年は,息子たちがそれぞれ就活と受験である。
頑張ってほしいものである。

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2013年もいよいよ年の瀬

天気が下り坂ということもあり,今朝もまだ真っ暗な中を出勤。
冬至は過ぎたというものの,本当に日が短い。

昨日はクリスマスだったが,今年のわが家は受験生と就活生がおり,とてもクリスマスどころではなかった。

ふと気がつけば,2013年もいよいよ年の瀬である。

今年は個人的には非常に多忙で,かつ右肩鎖骨の骨折から身体に変調をきたし,もしかしたら生涯で最もたいへんな一年だったかもしれない。

そんなことから,来年といえば,第一は何より健康回復か…。

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蝉の季節からこおろぎの季節へ

今年の夏は暑いが,先週から続く猛暑は異常である。
高知県四万十市では,昨日国内最高気温41度を記録したそうだ(豊中市も40度)。

連日猛暑日であるが,昼間は外を歩けないほどの暑さだし,夜もエアコンなしではとても眠ることができない。

ゲリラ豪雨はあるものの,雨が少なく,西日本は全体的に水不足のようだ。
やはり,世界的にみれば地球温暖化の影響は間違いないと思うが,急激な気候の変化は生活への影響が大きい。

ただ,今朝も街を歩けば,先日まで耳をつんざくほどにうるさかったクマゼミの鳴き声は止んで,代わりにエンマコオロギのやさしい鳴き声が聞こえ始めた。

猛暑が続くとは言っても,暦の上では秋になり,一歩ずつ季節は変わろうとしているようである…。

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何となく不安を感じる場面に遭遇

昨日の夜の阪急京都線で移動していた時のことだ。

たまたま座った席で、小生が新書を読んでいたところ、ふと周りを見ると、両隣と前に4人の若い女の子。
ちょうど周囲を4人に囲まれた形になっていた。

しかしチラッと見ると、4人が4人ともスマートフォンの画面をじっと見て、右手でなぞりながら黙々と夢中になって操作しているのだ。

ちなみに、スマホで何をやっているのだろうとのぞき見してみると、たいていはゲームかメールあるいはSNSである。

今や当たり前となってしまった光景なのかもしれないが、4人全員が無言でスマホを操作する光景を見ると、日本の将来に不安を感じてしまうのは小生だけだろうか。

この若い娘たちは、たぶん電車に乗るといつもスマホを触っていることだろうから、きっと車内で読書をすることなんてないだろう。
少しでも時間があれば、スマホをさわって時を過ごしているのだろう。

うちの息子たちを見ていても感じるが、現代の若い子たちは時間があれば携帯電話かスマホを触っているか、テレビでバラエティ番組を見ているかである。
一方で、新聞や本を読むところを見ることは皆無に近い。

したがって、年齢の割に一般知識に乏しいし、常識だと思っていることさえも持ち合わせいないことに驚いてしまうことが多い。

もちろんバライエティ番組を見たり、メールやSNSによる会話をしたりすることは、必要なこともあるのは認めるとしても、そればかりでは、日本の将来が不安になる。
そんな一瞬であった…。

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さまざまな出来事が起こった2012年

2012年も今日で終わり。

今年は大きな怪我をしたり,多くの災難があった。
まず2月に右手薬指を骨折し,同時期に左肩に五十肩が発症。
それが治らないうちに,この12月には右肩鎖骨を3ヶ所複雑骨折する大怪我を負った。

一方で,京都大学で博士論文を書く機会を得て,今年3月に学位を授与された。

仕事では,初めて加古川へ転勤になり,非常に厳しい職場で厳しい仕事を任され,自分なりにたいへん苦労した。

これまでに経験したことがない出来事が次から次へと起こり,思えばたいへんな一年だったように思う。

小生としては,たくさんの人たちに,本当にいろいろとお世話になったわけだが,感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思う。

自身の健康については大いに反省しつつ,2013年はもう少しいい年にしたいものだ。

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