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御巣鷹山にジャンボ機が墜落してから早19年

今日の新聞に,「御巣鷹に慰霊登山 ジャンボ機墜落から19年」という見出しで記事が出ていた。

御巣鷹に慰霊登山 ジャンボ機墜落から19年

 520人が犠牲となった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から19年になる12日、遺族らが墜落現場となった群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に慰霊登山をした。険しい山道を登った遺族らは、それぞれの家族の墓標に花や菓子を供えて、亡き人に思いをめぐらせた。
熊本日日新聞「くまにちコム」より)

御巣鷹のジャンボ機墜落で思い出すのは,実は小生もこの飛行機に乗ることになっていたという事実である。
今思い出しても身震いがするくらいだが,東京で働いていた時代,実はこの飛行機で帰阪する予定だったのだ。それが,たまたま仕事で仙台への出張が急遽入ってしまい,飛行機をキャンセルした。19年前のこの日,夜の仙台で飛行機の墜落事故のニュースを聞き,「もう少し長生きしろ」ということなのかなあ,と感じたことを今でも覚えている。

あれから,早くも19年経ったのだ…。

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コメント

 ご無沙汰しています。ほかの日記にコメントしようとしていたのですが、ちょっと驚いたもので…。

 もう19年になるんですね。先日の新聞でも41歳になった方が亡くなった父にお線香を手向けていた、という記事を読みましたが、22歳の時に父を亡くしたということになります。大学を卒業しようとする年齢で急に親を亡くす悲劇に見舞われたわけで、本当につらかったことと思います。
 あの機内では遺書を綴った方もいました。意思に反して人生のスイッチが切られようとしている時にできるものではないですが、家族愛がそれに勝ったということですね。

 ほかにも有名タレントが搭乗予定だったような話も聞いたことがありますが、難を逃れた人には520人分の人生のいくばくかでも代わりに送ってほしい、そんな願いもあるかもしれませんね。

投稿: 堀切邦生 | 2004年8月13日 (金) 23時08分

コメントありがとうございます。

毎年夏になると,ご遺族の方たちの話題が出ているようですが,あれ以来人生の時間が止まった方もいらっしゃるのだと思います。

あまり聞いて気持ちのいいことではないのかもしれませんが,私は比較的若いうちから,これまでに人の生き死にに関わることが何度かあり,祖父母のほか,仲の良かった友人も何人か亡くしています。
そのたびに,人の生死について考えさせられてきました。

持続可能なまちづくりやコミュニティの大切さについて考えるようになったのも,それと無関係ではないような気がします。
何か不思議な気がします…。

投稿: わんぱくパパ | 2004年8月15日 (日) 23時21分

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