今年も「茨木神社の夏祭り」が行われ,小生にとっては計9回目,石門会の一員として8回目の参加となった。
去年の祭りは土砂降りのために途中の上泉町までで中止となったが,今年は一転して「高温注意報」が出るほどの天気となった。予想していたとおりになったとはいえ,正直なところ嬉しくない状態での渡御となった。
■何回経験しても高ぶる気持ち
祭りの前日は早めに布団に入ったものの,渡御のことを考えるとどうしても目がさえて眠れなかった。子供神輿の木方は今年で4年目だというのに,未だに緊張して眠れないとは,何とも肝っ玉の小さな話であるが,こればっかりは何とも仕方あるまい。
結局,眠れたのは午前1時過ぎだったかと思うのだが,それにもかかわらず早朝目覚めたのが午前5時過ぎである。こんなことで大丈夫かと我ながら心配になるが,気持ちは高ぶるばかりであるから,どうしようもない。
■祭り当日の新たな仕事
そして,今年の夏祭りでは,当日の新たな仕事が一つ増えた。
その仕事というのは,上中条1丁目自治会長のIさんが大神輿の担ぎ手として出てくれることになったのだが,Iさんの衣装係を担当することになったことである。これまで9年も夏祭りに参加してきたが,他人のサラシを巻くというのは初めての経験だった。
自分の準備を終えた後,午前8時にIさんの自宅へ伺い,サラシを巻かせてもらった。
渡御が終わった後にIさんに聞いたところ,特に問題はなかったとのことだったので,やれやれである。
■渡御を振り返って
今年で4回目の子供神輿の木方であったが,やはりすべてが満足に終わったというわけにはいかなかった。
その中でも,最も悔いが残るのは,子どもたち全員で神社に戻ってこれなかったことだ。午後のいちばんしんどい時間帯のことであったが,2班で頑張っていた5年生の女の子1人の様子がおかしいことに気づいた(具体的には顔が真っ赤になってきていたので熱中症になりかかっていると思った)ので,木方としての小生の判断で,子ども会のお母さんを通じてその子の保護者を呼んでもらい,とりあえず自宅へ帰す処置をとらせてもらった。
その子自身は,「まだ頑張れる」「神輿から離れたくない」と泣き出した。その場では本当につらい判断だったのだが,実際かんかん照りで非常に暑く,まだ渡御も先が長いことから,子どもに万一のことがあれば取り返しがつかないので,つらいけれども休ませることにした。
結局,この子は神輿に戻ることなく夏祭りが終わってしまったのだが,次の日に子ども会のお母さんから,元気に学校へ登校したこと,祭りは楽しかったと話していたことを聞いて,少し救われた気がした。
しかし,それにしても,今年の渡御では中盤から後半にかけて,休憩所での休憩時間がほとんど与えられず,巡行列の最後を行く小生の子供神輿「三の輿」にはきわめて過酷な状況であった。
休憩所に着いても,既に休憩所は他の神輿の子どもたちであふれており,その順番を待っている間に時間が過ぎ,結局ろくに飲み物をとれないままに出発の指令が伝えられるという繰り返しだった。
先頭の太鼓と最後尾の神輿とでは,かなり距離の開きがあり,自ずから休憩所の到着時刻にもかなり差が出るのだ。
スケジュールを守って渡御することと子どもたちの安全を守ってやることはとても天秤にかけられる話ではないはずなので,いつも木方は悩まなければならないのだ。責任重大な厳しい仕事だ。
夕刻,中条小学校の前には先生方が多く詰めかけてくださったおかげで,子どもたちは俄然元気になり,楽しんでパフォーマンスもしてくれた。
そして,JR茨木駅前に着いた時には,少し涼しくなって神輿の子どもたちも元気になり,気分は最高潮に達しかけていた。
ここで,子どもたちみんなを集めて,宮入は6年生だけで行うこと,その代わりに駅前通の観客が多い見せ場は5年生だけで神輿を担ぐことを伝え,今年の三の輿もいよいよこれが最後の渡御になることを説明し,気合いを入れた。
今年は,1班・2班とも班長に選ばれた6年生の子どもたちはずいぶんしっかりとやってくれたと思うのだが,最後に来てまたしっかりと班員を集めて子ども同士で声をかけ,提灯と脚持ちを自分たちで決め,宮入を迎える準備をしてくれた。
なんて頼もしい子どもたちだろうと,つくづく感心した。
ちょっとだけかもしれないが,祭りを通じて子どもたちが成長してくれたとしたら,心からうれしく思う。
子どもたちは,それまで以上に大きな声を出して駅前通を元気よく進み,市民会館前で5年生と6年生が交代し,宮入へと続いた。
ここ近年は,毎年夏祭りに訪れる人が増えているような気がするのであるが,今年も神社の入口から参道は,人であふれかえっていた。そこを子供神輿は人をかき分けて進むのである。
子どもたちの安全に細心の注意を払いながら,参道を1度半渡御し,いつものように境内で「抱いて舞」「祝いましょー」。
今年の三の輿の渡御が無事に終わった瞬間であった。
6年生と世話方さんで市民会館前に戻り,待っていた5年生と合流したが,ここでも静かに座って待っていてくれた5年生に感心させられた。
ふざけもせずに,なんていい子どもたちなんだと思った。
47名の子どもたちを集め,今日一日本当によく頑張ってくれたことに感謝し,労をねぎらい,ぜひみんなに来年も祭りに参加してほしいと話をした。
最後に,ご父兄方に感謝を述べ,記念撮影と万歳三唱で幕を閉じた。
渡御の前に考えていたことがすべてできたかといわれると,非常に心許ないこともあるが,最も心残りとなった1人が結局最後まで神輿に戻れなかったということを除けば,何はともあれ無事に子どもたちと帰って来れらたことにはホッとしている。
しかし,毎年このような厳しい環境で神輿の世話を続けられるかどうかと問われると,それはわからないとしか答えられない。
毎年,どのように用意周到に準備をしていても,いつもぎりぎりのところでしのいでいるのが正直なところであり,全く自信というものがない。
来年は果たして,自分にとってどんな夏祭りになるのかわからないが,今年の祭りを忘れずに頭に焼き付けて,こうして自分の気持ちを記録に残しておきたいと思う。
2011年の「茨木神社の夏祭り」が終わった。



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